不戦敗
ありがちな恋なら数え切れない程しただろう。
それを恋と呼ぶのかどうかさえ怪しいものだが。
「政宗様も今ではすっかり奥方一筋になりましたな。ほっと致しますが、一体どういう心境の変化ですか?」
「そうだな…俺が見付けたから、か?」
「私に聞かないで下さい。そして意味が解りません」
「まあ、自分の目で見付けてみない事には解らんだろうな」
街中で出会って、多少気が合って深く付き合うようになる、そんな事は何度もあった。
そのどれもが相手から声を掛けられての惰性だ。
「政宗様、こちらにいらしたのですね」
「おお、!」
は俺が見付けた。
これは違う、と。
どんな女とも違う、特別な何かを持っている。
「小十郎様と御話中でしたか?」
「ああ、の可愛らしさについて語り合っていた所だ」
「ま、政宗様!またそうやってからかうおつもりですね」
「本当の事だぞ。なあ小十郎」
「…やれやれ」
呆れ顔の小十郎には決して解らないだろう。
の飾らない言動にどれだけ戸惑わされる事が多いかは、きっと俺しか解らない事。
何故ならそれは二人きりの時に見せられる事が殆どだから。
そう思ったら、早く二人になりたくなる。
「小十郎、もう用は無いな?」
「はい、御邪魔でしょうから下がります」
物解りの良い家臣を見送って、愛しい妻と二人の時間。
「政宗様、大事な御話ではなかったのですか?」
「の話だと言っただろう?確かには何よりも大事だから、大事な話ではあるがな」
「もう、政宗様…」
晴天の陽射しを受け笑うの姿は美し過ぎて目が釘付けになってしまう。
太陽とは彼女の美しさを引き立てる為に存在しているのではないかと思う程。
「の姿は幾ら見て居ても飽きないな」
肩を抱き寄せてそう告げると、可愛らしく小さな悲鳴が上がった。
「政宗様、急に耳元で喋らないで下さいっ」
「そういう反応が可愛いから、つい、な」
「わざとからかっておいでですね?」
「そうでもない」
むくれた顔もまた可愛らしい。
何もわざと苛めている訳では無いのだが、恥じらう姿がどうにも愛しくて見たくなるのだから仕方が無い。
「そうでもない?やっぱり半分はからかっていらっしゃるのですね」
「いや、八割はからかっている」
「政宗様っ」
「冗談だ、冗談。ほら、拗ねずに此方を向いてくれ」
ぷいっと顔を背けてしまった彼女を後ろから抱きすくめる。
また小さく悲鳴が上がったが、聞こえない事にしておいた。
妻になってからは毎日のようにこうして触れていると云うのに、彼女は慣れない。
何時でも新鮮な反応をしてくれる、そして俺は益々夢中になる。
きっとは、自身がどれだけ可愛らしいか解って居ないのだろう。
あざとい女達とは違う、計算でも誰かの真似でも無いその仕草は、俺を惹き付けてやまない。
「、」
中々振り向いてくれない彼女の首筋に唇を寄せると、面白い程びくりと肩が震える。
きっと彼女は今、頬を染めて困っているに違いない。
傍から見れば俺が彼女を掌の上で転がして居るように見えるだろう。
だがそれは大きな誤解と云うものだ。
「ま、政宗様、おやめ下さい」
「なら此方を向いてくれるか?」
「はい、だから少し離れて下さい、もう…」
心臓が持ちません、と小さな呟き。
こういう一言がどれだけ俺の心を戸惑わせるか、きっと誰にも解らないだろう。
その一挙一動に転がされて居るのは俺の方だ。
「ああ、離れるから、良い加減顔を見せてくれ」
頷いて少し身体を離す。
が、その約束はすぐに破るしかなくなってしまった。
「本当には可愛いな!」
「きゃっ!」
此方を向いた顔、それはやはり想像した通りに真っ赤で。
そんな顔を見て触れずに居るなど俺には無理だ。
「政宗様、このような所、誰かに見られたら…」
明るい内からはしたないと慌てる姿がまた可愛らしくてどうしようもない。
「日の高い内に妻に触れてはいけないと誰が決めたのだ?」
「誰が、と云うか…その、私が恥ずかしいです……」
「が恥ずかしがって俺から離れてしまうと、俺は寂しくて死んでしまうぞ?」
「そ、それは困ります」
「なら、もう少しこの儘で居てくれ。に触れて居ると安心するのだ」
そう言って一層強く抱き締めれば、彼女は赤い顔で頷いて。
「…もう、政宗様には勝てません」
俺に勝てない?
最初から、もう根っから俺はお前に負けて居るぞ。
戦う事すら出来ずに不戦敗だ、それを恥とは思わんがな。
「でも、私も……政宗様の腕の中は安心出来ます」
おずおずと抱き返してくれる、こんなに愛くるしい妻に勝てる男など居るものか!
了
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