惑い
人には愛が必要なのだと思います。
それは友愛だったり親愛だったり、恋情とは限らないけれど。
でも、本当の貴方は何が欲しいのですか?
「、今日も麗しいな。どうだ、一緒に城下へ行かぬか?」
「政宗様…」
私の横では、小次郎が威嚇するように睨んで居る。
「…はい。御一緒致します」
溜息を一つ頷くと、政宗様は満足気に、小次郎は不服気に口元を歪ませた。
「政宗さん、に妙な真似はするなよ」
「全く小次郎は一々口煩いな。無理にどうこうする気は無いから安心して待って居ろ」
「あんたの口約束は当てにならないから言ってるんだ」
いがみ合う二人を苦笑いで制して出掛ける準備をする。
小次郎も政宗様の領主としての手腕は買って居るのに、色事となると酷い剣幕だ。
それは私を心配してくれているのだと解って居る。
そして、それだけ政宗様と云う人が危険な御方なのだと云う事も。
共に城下へ出れば、遠巻きに沢山の視線を感じる。
政宗様が領主様だからと云うだけでは無く、女子達の黄色い歓声が其処彼処で上がる。
『政宗さんは、色男だから』
小次郎にそう聞いた日からずっと気になって居た。
こんなに豊かな国を築いて、立派な統治をしている方が、何故そうも悪い噂を纏うのかと。
共に城下に出るようになってからは、その疑問は益々増した。
「きゃあ、政宗様〜!」
「ねえ政宗様、たまには私とも遊んで下さいな」
「政宗様、今日は誰と御一緒なの?私との約束はまだ?」
女子に囲まれる姿を少し離れて見詰めると、不思議になる。
どんなに持て囃されて袖を引かれても、その瞳は何処か寂し気なものだから。
城での自信に溢れた御姿と、この不意に過る寂し気な表情の不釣り合いさが気になって。
「悪いな、今日は先約がある」
「そんなぁ、政宗様〜っ」
「今度はきっと私ですよ!」
「やだ、私よ!次は私!」
きゃあきゃあ言い合う女子達を擦り抜けて、政宗様が戻って来る。
「すまんな。最近小十郎が煩くて城下に出られなかった分、皆も不満が溜まって居るようだ」
「いえ…私なら、構いません」
「ただ待って居るのは寂しいだろう?」
「いいえ、本当に…私は、平気ですが…」
貴方は寂しいのですか?
そう訊ねたくなる。
以前、少しだけ聞かせて頂いた御話…御母上に疎まれて居たと云う、あの時の瞳は同じように寂し気だった。
だから、わざと悪い男の振りをなさるのですか?
恋をしている間は寂しく無いから。
誰かに求められる時間、それで心の隙間を埋めようと。
「何だ?不満があったら言って良いぞ。俺が連れ出しておいて待たせたのだから、文句なら何でも言えば良い」
「政宗様…」
幼い頃は内気だったと、小十郎様に聞いた。
母君の愛を得られず、内向的な少年だったと。
城主として、今の自信を手に入れる為に生まれ変わろうとしたのなら。
貴方は辛さに打ち勝つ為に愛を弄ぶようになってしまったのですか?
「…政宗様、は。何故次々新しい恋をなさるのですか」
聞きたい事は沢山あったけれど、どれも私が踏み込むには躊躇するものばかりだった。
巡る疑問から弾き出せた言葉は、どうにかこれだけ。
「何だ、急に」
「いえ、その…気になったので…」
政宗様は一瞬驚いた顔をなさって、けれど次の瞬間には何時もの微笑を浮かべて答えた。
「そうだな。楽しいからだろう」
「楽しい…?」
「どんな恋も長く続ければ悪い面が見えるもの。新しい恋なら刺激が勝る」
「でも、それでは…相手の女子は傷付くのでは無いですか?」
こんな事を言っては、気付かれてしまうかも知れない。
私が政宗様に惹かれて居る事を。
あれだけ小次郎に注意されて、これだけ女子に囲まれる姿を見て、それでもその寂し気な瞳に惹かれてしまって居る。
「傷付く、か」
ほら、また。
貴方は束の間翳りを見せる。
そして元の微笑を浮かべる直前、零した呟き。
「…恋をするだけなら、傷付かない」
切ない声音、それが本音なのでしょうか?
「さあ、それより何処へ行く?待たせた分楽しませてやらねばな」
何でも無いように笑う、素早く隠してしまった本音。
その笑みの裏深く隠した本心に、惑う。
「なら…二人切りになれる所へ、連れて行って下さい」
私からも、思わず零れた本音。
「おい、それは不味いだろう。小次郎に何と言われるか…」
「政宗様は何もしないと約束して下さいました。だから、行きましょう」
「俺を信用して良いのか?小次郎が言う通り、悪名高い遊び人だぞ?」
「信じます。私は政宗様の瞳と…この痛みを信じて居るから」
恋するだけなら傷付かない、なんて。
本当の恋はこんなにも苦しいものなのに。
こんなにも辛くて胸が痛い、この想いが本当の恋だと思うから。
「痛み?」
「政宗様の欲しいものも、きっとこの痛みだと、思うのです」
笑みで隠して自分を守って、そうやって居てもきっと。
それでは得られない心を、本当の貴方は求めて居ると思うのです。
「…参ったな」
真剣に見上げると、政宗様は笑った。
でも、それは何だか泣きそうな笑顔で。
「そうまで言うなら、とっておきの場所に連れて行ってやるか」
そっと握られた手は、嘗て無い程弱々しくて。
「だが小十郎と小次郎には内緒だぞ?」
私は初めて貴方の深淵に触れられた気がして、切ない痛みと嬉しさで胸がいっぱいになって。
「…はい。二人だけの、秘密にします」
その指先を握り返して、きっと同じような――泣きそうな笑顔で、頷いた。
了
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