惑い(政宗視点)
小十郎は客人をもてなす、と云う言い訳で表立って何も言って来ない。
後は小次郎さえ上手くあしらえば、自由な時間は簡単に手に入った。
と連れだって城下に出れば、纏わり付いて来る女子達。
俺を求めて、慕って、寄って来る。
普段ならそれはほっとする情景だが、今は連れが居る身。
適当に受け流しての元へと戻った。
「すまんな。最近小十郎が煩くて城下に出られなかった分、皆も不満が溜まって居るようだ」
「いえ…私なら、構いません」
「ただ待って居るのは寂しいだろう?」
「いいえ、本当に…私は、平気ですが…」
何か言い気な表情。
気を悪くさせただろうか…と不安になる。
不安?
俺にとってあの女子達もも変わらない、ただ俺の近くに居る女と云うだけの筈なのに。
待たせてはいけないと思うのも、が客人だから。
そして、悪かったと言った方が女子は喜ぶから…そうすれば嫌われないから、それだけの事の筈。
「何だ?不満があったら言って良いぞ。俺が連れ出しておいて待たせたのだから、文句なら何でも言えば良い」
「政宗様…」
それだけだ。
の表情に一々気を取られるなんて、有り得ない。
特別に思えば思うだけ、後が惨めで苦しいと解って居る。
そう、もう嫌と云う程身に染み付いて、解って居るから。
「…政宗様、は。何故次々新しい恋をなさるのですか」
悲し気な瞳。
俺への不満でも愚痴でも無く、澄んだ悲しさを湛えた瞳に、胸がざわつく。
「何だ、急に」
「いえ、その…気になったので…」
一瞬虚を突かれたが、次の瞬間には普段の表情を立て直す。
「そうだな。楽しいからだろう」
「楽しい…?」
「どんな恋も長く続ければ悪い面が見えるもの。新しい恋なら刺激が勝る」
「でも、それでは…相手の女子は傷付くのでは無いですか?」
気楽な恋をするだけで良い。
だから、どうかそんな瞳で俺を見ないでくれないか。
お前を特別に思うなんて、いずれ国に帰るお前を想うなんて、辛いから。
あれだけ守り続けて来た弱い心が、これだけ抑えようとしても溢れそうな気持ちが、本当の恋だと認めたくない。
「傷付く、か」
ほら、また。
揺らぎそうな心が仮面を崩す。
取り繕う微笑を浮かべる直前、零れた呟き。
「…恋をするだけなら、傷付かない」
戯れの恋なら、でもそれが本心ならどうなる?
「さあ、それより何処へ行く?待たせた分楽しませてやらねばな」
何でも無いように笑う、素早く隠す本音。
お前も俺を悪い男だと思えば良い。そしてこの胸の奥の痛みも無かった事にさせて欲しい。
「なら…二人切りになれる所へ、連れて行って下さい」
予想だにしなかった言葉。
優しささえ感じる悲しみに溢れた瞳に、惑う。
「おい、それは不味いだろう。小次郎に何と言われるか…」
「政宗様は何もしないと約束して下さいました。だから、行きましょう」
「俺を信用して良いのか?小次郎が言う通り、悪名高い遊び人だぞ?」
「信じます。私は政宗様の瞳と…この痛みを信じて居るから」
恋するだけなら傷付かない、なんて。
本当の恋がどれだけ苦しいか解って居ながら虚勢を張って居たと云うのに。
俺にある痛みがお前にもあるなら、信じても良いだろうか?
「痛み?」
「政宗様の欲しいものも、きっとこの痛みだと、思うのです」
笑みで隠して自分を守って、こうやって過ごして居ても。
それでは得られない心を、本当は求めて居た。
「…参ったな」
あの頃の様にはなりたくなくて、違う自分を作り上げた。
誰かの愛情を追い掛けて努力するのは無駄でしか無いし、虚しい事だとそう思って。
「そうまで言うなら、とっておきの場所に連れて行ってやるか」
俺の外見だったり権力だったり…そんな簡単なものを求めて寄って来る女子は気楽で。
「だが小十郎と小次郎には内緒だぞ?」
けれど今真剣に見詰めてくれるに、切ない痛みと嬉しさで胸がいっぱいになって。
「…はい。二人だけの、秘密にします」
そっと握り返された指先に、もう隠せない痛み――狂おしい程の恋情が沸き上がるのを、感じた。
了
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