誓い


俺は花なんてそんなに詳しくないけど。
ふと見付けたこの花はとても綺麗だったから、君に贈ろうと思った。

ちゃん」

窓の下、声を掛ければ、すぐに笑顔を見せてくれる。

「正成様!」
「ああ、そんなに乗り出したら危ないよ」

彼女を手で制して、近くの樹に登る。
その枝に腰掛ければ、ほら、距離が近くなった。

「元気だった?」
「はい、正成様は?」
「見ての通り元気だよ。それに、今ちゃんに会えたからもっと元気になった」

俺が笑えば彼女も笑う。
こんな、何時結ばれるかも解らない関係で文句一つ言わない。

「今回の任務は長かったのですね。とても心配でした…」
「ごめんね。遠くまで行かされてたから、連絡も出来なくって。寂しい思いさせちゃったね」
「でも、良いのです。こうしてちゃんと会いに来て下さったのですから」

きっと不安だと思う。
次何時会えるか、俺が無事に戻るか、彼女は常に不安な思いばかりしている筈。
それでも愚痴どころか辛い顔さえ見せず笑ってくれる。

「あ、これ、お土産」
「わあ…!綺麗な御花ですね、有難う御座います」

彼女が喜ぶ顔を見るのは嬉しい。
でも、俺はそれだけじゃなくて。
この花を摘みながら頭の片隅では考えてたんだ、こうすれば彼女が俺を助けてくれると。
彼女を安心させてあげられない、忍から足を洗う事も出来ない、中途半端な自分を慰めて欲しかっただけ。

「…ちゃんは、俺を甘やかし過ぎだよ」
「そうですか?」
「うん。そんなに甘やかされたら、俺、どんどん駄目な奴になりそう」

君に甘えて、頼って、縋って。
それをまた君の所為にしてしまう、どうしようもない奴なんだ。

「駄目な奴、なんて。正成様程立派な方はおられませんよ」

本当は君の様になりたいのに。
俺の望む通りの言葉をくれて、何時でも安心させてくれる君の優しさ。
同じように君を愛せたら、と思うのに、駄目な俺には出来無くて。

「でも、そろそろ俺の駄目な所には気付いたでしょ?蛇が怖いとか…」
「苦手なものは誰にでもあります」
「それだけじゃない。権力に逆らえないのも、嫌々ながら人の命を奪うのも。駄目な所なんて沢山あるよ」
「正成様……」

俺の言葉に、彼女は悲しそうな顔をする。
ああ、また。
折角彼女が笑ってくれていたのに、悲しませてしまう馬鹿な俺。

「こんなに駄目な奴なのに。ちゃんは何で嫌いにならないのか、時々不思議になるんだ」

こう言ったら、彼女の心を信じてないみたいでまた悲しませてしまうかな。
信じてる、解ってるんだ。
君はどんな時も真摯な想いを俺にくれてる。
君を疑う訳じゃ無くて、俺があまりにも駄目な人間だからなんだよ。
でもそんな事も上手く伝えられなくて、悲しませる事しか出来ないんだ。
泣かせてしまったらどうしよう、と俯いて居ると、彼女の手が優しく触れた。

「正成様は、そんな人を好きになれますか?」
「…どういう意味?」
「相手の弱い所を知ったら、嫌いになると言う人を愛せますか?」
「それは……」

こんな俺なら嫌われても仕方ないとは思うけど、最初からそうだと解ってたら嫌かもしれない。
これもやっぱり、我儘で駄目な考えかもしれないけど、嫌だ。

「嫌でしょう?」
「…うん」
「私もそんな人は嫌です。信頼したから弱さを見せたのに、それで嫌われるなんて」

彼女は窓から手を伸ばして、俺の手を握ってくれる。
さっきの悲しい顔は、もう笑顔になっていた。

「私は正成様が好きだから、弱い所も見せられるのです。だから、正成様も沢山見せて下さい」

だってそうじゃないと不公平でしょう、と笑う。
君の愛は本当に、俺が思う以上に深くて優しくて、戸惑う事ばかりだよ。
俺はあれこれ考えを巡らせて勝手に落ち込んで、自分は駄目な奴だからと言い訳して逃げてただけだ。
全部諦めた方が楽だから、仕方ないって思うようにして。

ちゃんは、何時も俺を正しい道へ導いてくれるね」

自分を取り囲む厄介な立場や規制に目隠しされて、つい大事なものを見落としてしまっても。
君の言葉は俺に何が一番大切な事かを教えてくれる。

「そんな、大した事は言っていません」
「君の素直な気持ちがくれる言葉が、どんな難しい本の言葉より納得出来るんだよ」

損得なんか抜きで真剣に伝えてくれる想いだから、胸に染みて行く。
あたたかい想いが胸に染みて、自然に笑う事が出来る。

「あ、やっと何時もの笑顔を見せて下さいましたね」
「え?さっきまで違った?」
「はい、少し御元気が無いようでしたけど…もう、何時もの正成様です」

そう言って笑った彼女の顔も、さっきよりずっと明るい笑顔。
そうだ、簡単な事なんだね。
俺が君を大切に想うのは確かな事実なんだから、弱虫な考えなんて捨てて大切だって伝えれば良いだけなんだ。
君が何も隠さず俺を愛してくれているように、心の儘に愛情を返せば良いだけ。

ちゃん、……有難う」
「え?私、何もしてませんけど、何がでしょう…?」
「ううん。ただ、一緒に居れて幸せだなって思ったから」
「そう、ですか?」
「うん。それとね」

未来に確証なんて無いけど、口にしても良いかな。
これは逃げ腰な自分自身に向けた誓いでもある、きっと叶えてみせると誓いを込めて。

「俺は自由を諦めない。必ず、君を迎えに来るから」

改まると照れてしまうけど、目を逸らさずに伝えるね。

「その時は……、結婚しようよ」

見る見る内に真っ赤になる君、そして俯きがちにくれる小さな返事。

「………はい」

君のその全てが愛しいから、俺はもうどんな辛い現実からも逃げないよ。
君の側で、君の愛を感じて、笑い合うこの時間が何よりも幸せだから守りたい。
今迄知らなかった、君に会うまで知る気も無かった感情が胸いっぱいに広がって。

「有難う、ちゃん」

こんなに幸せな感情を教えてくれた君、弱虫な俺を助けてくれた君、優しい想いを沢山くれた君を、今度は俺が守って行く。
















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