花風


この城下町に御忍び出来るのも、今日が最後になる。

「みたらしの御団子と御茶、お願いします」
「あいよ!」

茶屋の外、並んだ台座に座り昼下がりの空を見上げる。
木々には淡い色の桜が咲き乱れ、麗かな春を喜ぶように仄かな香りを漂わせていた。

「貴方は…何処かの桜の上で、御昼寝でもさなっているのでしょうか」

それとも今ではそんな暇も無いのでしょうか?
幕府の重鎮となった貴方の立場では、のんびりする時間など得られないかも知れませんね。
何時の間にか時は過ぎて…私の周りも貴方の周りも、大きく変わってしまったから。
世間知らずな姫だった私も、もうすぐ城主になります。
婿養子の事はまだ待って貰った儘、父上から家督を譲られる事となりました。
貴方はどうして居るのでしょうか。
服部家の当主ですから、そろそろ御結婚が決まる頃かも知れませんね。

「はいよ、姉ちゃん!特製みたらしお待ちどおさん!」
「ありがとう」

貴方の好きだった甘くて仄かにしょっぱい御団子は、最近しょっぱさが強くなったように感じます。
このお店の味は何十年も変わらないと云うから、私の味覚の問題なのでしょうね。
涙の味がしてしまう程、悲しくは無い筈なのですけれど。
でも、少しの寂しさはやはり隠せませんね。

「…貴方が、隣に居たら良いのに」

私の隣席は空いた儘。
目を閉じると、あなたの優しい歌声が風に乗って聞こえそうな気がします。
それでも再び瞼を開けば、貴方は何処にも居ない。
舞い散る桜だけがひらひらと、この手の上に落ちて来る。
薄紅色は暫く掌を擽り、また風に誘われ遠くへと飛んで行く。
まるで私と貴方のよう。
風が桜を散らせ、けれどその風が桜を運び。
壊れそうな心を支え合うには不安定でか弱い関係。
これが宿命なのでしょうか。二人の運命なのでしょうか?

けれど、運命とは何でしょうか。
貴方に出会えた事が運命なら、何故離れるしかない道を進まねばならなかったのでしょうか。
私では貴方を救う事が出来無かった。
大切に想えば想う程、貴方に枷を増やしてしまった。
あの時はもっと違う人なら貴方を救えるだろうと想ったけれど。
今の私は、少しは大人になったから。
今度もし出会えたら、その手を離さずに居ても良いですか?
その傷付き易い心を守る力が、今ならあると思うのです。
別れるべくして別れた運命だったとしても。
一度は確かに繋いだ絆です。
出会うべくして出会った運命だと云うなら、もう一度。
もう一度出会えたなら、もう二度と御側を離れません。
ずっと側に居たい…何時までも、貴方の笑顔を見て居たい。
今度は、きっと。

「…ごちそうさまでした」
「毎度!また御贔屓に!」

立ち上がる。見える街並みには沢山の人が行き交う。
どの人も、心の奥には孤独を抱えて居るのかも知れませんね。
誰かを想って、心は交錯して、一時絡まった絆は結べず解けて。
それでも尚繋がりたいと望むから、今日も懸命に生きて居るのでしょう。

私もまた歩き出します。
嘗て手を取り合って歩いたあの日を胸に、一人で。
けれど幾度季節が巡っても私の中に貴方は生きて居る。
幾度季節が巡っても貴方を待って居る私を、貴方は知って居るだろうから。
また出会えるその日まで、強く生きて行こうと思います。

「いらっしゃい、御兄さん!うちの団子は天下一だよ!」
「御団子ちょうだい。みたらしのやつ、2本ね」

歩みを進めた背後から聞こえた声は、酷く貴方の声に似て居た、気がした。















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