気持ちは伝わる
俺は不器用な質だ。自覚している。
自分の主張が解らない。
国の事や、政の事で目指すものは持っている。
だがそれを抜いた個人的な事になると…、どうも難しい。
信長様の事は尊敬している。秀秋殿の事は良い友だと思っている。
それでも全てが全て同意出来る事ばかりでは無くて、そういう時にどうすれば良いのか解らない。
違うと言いたい程強い考えがある訳でも無い…と曖昧に口籠る内、話は終わってしまう。
何を信じれば良いのか、何も失わずに居るにはどうすれば良いのか。
嬉しいか悲しいかも良く解らない。何がしたいのか解らなくなる。
そんな事を延々と悩んで居た頃もあった、それは今では過去の事。
「三成様、朝餉の御用意が出来ました」
「ああ」
愛しい妻、彼女のお陰だ。
本気で何かを守る為には失う事や傷付く事を恐れてばかりでは居られないと知った。
自分自身の信じる道、それが何か漸く気付く事が出来た。
「今日の出汁巻は、明太子入りですよ」
「これはまた美味そうだな」
それは簡単な事だった。
例えば出汁巻を好きなのは長年変わらない、それと同じくらい簡単な事だ。
周囲の意見に流されて自分の立ち位置を気にする必要など無かった。
巧みに生きられない不器用さを嘆いた時期もあったが、今はそれも俺らしさなのだと認められる。
「どうでしょうか?」
「うむ…美味い。の料理は何時も…その、なんだ」
「何ですか?」
「その、何と言うか…心が籠っていて、美味いな」
「ふふ、お口に合って良かったです」
相変わらず感謝を伝えるのは下手でも、彼女は解ってくれる。
どんな境遇にあっても負けず周囲に飲まれず、俺を信じて付いてきてくれた。
信じる者と対等に付き合う事、そんな簡単な事すらも忘れて居た俺を変えてくれた人。
その広く強い心に支えられて、俺は嫌いだった自分を変える事が出来た。
上手く言えない感謝の言葉を例え口に出来たとしても、語り切れるようなものでは無いだろう。
「お、おい、あまりじろじろ見るな」
「あ、ちらちら見なければいけないのでしたね」
「だからそれもどうかと思うのだが…」
「大丈夫です、素早く見ますから」
「………」
彼女には何もかも見透かされているような気がする。
俺の不器用さも、それ故に伝えられない想いも、きっと知って居るだろう。
以前の俺なら、それを訝しく思ったかも知れない。
素直に信じられたとして、それにそのまま甘えて居たかも知れない。
でも、今は。
自分の守りたいものには前向きに動こうと云う意思がある。
彼女がくれた強い意志だから、不器用でも下手でもきちんと返していきたい。
「ごちそうさま」
「今日も沢山食べて下さいましたね。嬉しいです」
「ああ……」
膳を下げるのは侍女に任せ、暫し二人切りの時間を手に入れる。
「何時も、美味い料理を…その、有難う」
「三成様に喜んで頂けるなら、私も嬉しいですから」
「だが、毎日大変だろう。か、…感謝、している」
吃る俺を見て彼女は笑う。
全て解って受け入れてくれる、そんな彼女が愛しい。
でもそれは感謝の言葉よりももっとずっと伝えにくいもので、俺には難易度が高過ぎるから。
「、」
言葉の代わりにそっと抱き寄せて、その額に口付けを落とした。
「三成様…」
きっと今俺の顔は他人に見せられない程赤い。
目の前にある彼女の顔も同じくらいに赤いから構わないけれど。
二人だけの秘密なら、こんな気恥ずかしさも嬉しい気持ちになる。
「私も、大好きです」
俺は何も言っていないのに、言いたい事はやはり伝わったらしい。
「私も」と言ってくれた彼女の優しさに感謝して、もう一度唇を寄せた。
「…有難う、」
今度は額ではなく、彼女の唇へ。
言葉に出来ない想いも、きっと触れ合う温度が伝えてくれる。
了
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