安眠


「…さん、」

怖い夢を見て目が覚めた。
子供じゃあるまいし、自分でも下らないと解ってる。
それでも言い様の無い不安は消えてくれなくて。
思わず隣で眠る彼女を起こしてしまった。

「秀秋様…?どうなさったのですか?」
「何でも、何でも無いんだけど…」
「ですが…」

怖い、なんて直接言うのは恥ずかしいから抱き付いた。
彼女が僕の側から居なくなる夢を見て、泣きそうな程怖かったなんて言えない。

「秀秋様?」
「何でも、無いんだけど…少しだけ、この儘で居てよ」

顔を見ずに言うと、何も訊かずにそっと腕を回してくれる。
こんな時、本当に僕は子供みたいだと思うけど。
その温もりの心地良さは、見栄も建前もどうでも良くさせてしまうんだ。

「何でも無いなら、良いのですが。辛い事があったら私にも分けて下さいね」

優しい声。
どうしてこんな僕に此処まで優しく出来るのか解らないくらい、彼女は何時も優しい。
今では彼女のお陰で少しは前向きな性格になったけど、出会った頃は本当に酷かったと自覚しているのに。
わざと傷付ける様な事も言ったし、突き放す様な態度も取った。
それでも彼女はずっとそんな僕を信じてくれて、今もこの温かい掌を差し伸べてくれる。

「どうして、そんなに何時でも優しいのさ」
「秀秋様が好きだからですよ」

こっちが照れそうな事を、本心でさらりと言える所には敵わない。

「ほんとに?」
「本当に。秀秋様の御側に居られるだけで、全ての悩みも不安も消えてしまいます」

だから、と背中の掌があやす様に動く。

「私も、秀秋様にとってそうでありたいのです。悩みや不安を軽くする御手伝いをさせて下さい」

何時も何時も助けられてるのは僕の方なのに。
こんなにも僕を想ってくれてるなんて、嬉しいけど信じられない。
勿論彼女の気持ちは解ってる、疑う訳じゃない、ただ…自分の事がずっと嫌いだったから。
自分の何処が愛されているのか解らないから、時々堪らなく不安になるんだ。

「…夢を、見たんだ」
「はい」

口にするのも怖い、少し躊躇うけど、はっきり否定して欲しい思いも強い。
弱い所なんて見せたくないのに、僕は結局彼女に甘えてしまう。

「君が、僕にもう愛想を尽かして国に帰っちゃう夢」
「…………」

微かに息を飲む音。
それから、くすっ、と小さな笑い声が聞こえた。

「わ、笑わないでよ!僕は本当に怖くて、」
「すみません、でも」

思わず顔を上げて抗議すると、彼女は笑いながら僕を抱き締める腕に力を込める。

「そんな事ありえません。御側を離れるなんて、命令されても嫌です」
「そう言い切れる?」
「ええ。私は、秀秋様の傷付き易い優しさと、口には出されない想い遣りの御心と、悲しみや寂しさを乗り越えていらした強さと、全部全部大好きですから」

それは僕の、精一杯の強がりの全て。
全部見抜かれてたなんて、悔しいような嬉しいような可笑しいような。

「…さんには、敵わないね」

僕も笑ってしまった。
何も心配する事なんて無いんだ。
だって僕が嫌いな僕の駄目な部分を、彼女は好きだと言ってくれるんだから。

「はい、秀秋様を想う心では、誰にも負けません」

無邪気に笑ってくれる、以前はこの無邪気さがくすぐったくて冷たく当たったけど。
今ではそのくすぐったさこそが幸せなんだと気付く事が出来た。

「それだったら僕も負けないよ。世界中の誰よりも一番、君を好きなのは僕だって胸を張って言える」

こつん、額を合わせて笑い合って。
あの頃僕がこのくすぐったさから逃げてたのは、決して手に入らないと思ってたからなんだ。
憧れたって無駄なら、跳ね付けた方が気が楽だから。
こんな僕を受け入れてくれて有難う。
ああやって逃げてばかりじゃ、今のこの何にも変えられない程の幸せなんて一生知らなかっただろう。

「さあ、もう少し眠りましょう。秀秋様が睡眠不足になったら大変です」
「うん。今度は、さんと一緒に居る夢が見れそうな気がする」

君の愛に包まれて、僕は安心して眠る事が出来る。
君にとって僕もそうであるなら、もう何も悩む事なんて無いんだ。
互いに互いを支えてる、こんなに大切に想い合ってるんだから。

さん…大好きだよ……」

眠りに落ちる直前、そっと握り合った指先の温もりと。

「私も、秀秋様が大好きです…」

彼女の優しい微笑が、さっきまで不安だったこの胸を満たしてくれた。











戻る