この想いは、


「解ってるだろう」
「……はい」

小次郎の言葉に私はただ頷いた、確かに解って居るから。

「私は、御柳の跡取りですものね」

私には守るべきものがある。
貴方より大切にしなければならないものが。
そして、貴方にも守るべきものがある。
それを振り切ってまで私を想ってくれる事は嬉しいけれど、それでは貴方の為にならない。

国へ帰る支度をしている間にも、色々な噂を耳にした。
君主よりも私を優先しようとする貴方の態度が物議を醸していると。
私が貴方を誑かしたとか、そんな話なら幾らされても構わない。
ただ、其処に貴方への中傷が混ざる事は許せなかった。
元々信用出来ない奴だの、実力も無い癖に内部に取り入って出世しただの、気分の悪くなる事ばかりが噂で流れる。
逃げるように城を出る時にも、侍女達の心無いひそひそ話は聞こえて来た。

――あっさり帰るなんて、やっぱり慶次様は騙されてたのよ。
――馬鹿な人よね。まあ、傾き者なんて、碌な人じゃないものね。

ただ私達は側に居たかっただけなのに、どうしてこんな風に言われなければならないの?
私は確かに世間知らずで馬鹿な小娘かも知れないけれど、貴方は主君の事も仲間の事も大切にする立派な人なのに。
そんな貴方が悪く言われる、それだけは耐えられない。本当に、許せない。

「…私は、慶次様を御守りしたいだけなのに。どうしてこうも空回ってしまうのでしょうね」

御柳への道すがら、遣る瀬なくなって小次郎にそう零した。

「それは…」
「私が余所者だから?越後の得にならないから?世間知らずで役立たずだからでしょうか?」
、」

小次郎は困った顔をする。
逆の立場なら私もそうしか出来ないだろう。
自分でも解って居る、これは八つ当たりだ。
何が悪いのかと云うなら、それは乱世の所為としか言い様が無い。
仕方が無い、のだ。側に居ても苦しめるだけ、迷惑にしかならない乱世の宿命なのだ。

「…君が悪い訳じゃない。寧ろ、よくやったと俺は思う」
「そう、でしょうか」
「ああ。こうやってあいつの想いも、自分の想いも振り切って出て来たんだ。それだけで、君は偉いさ」
「でも、余計に慶次様を傷付けたかも…」
「それも大事なんじゃないか?叶わない想いなら、いっそ手酷く振られた方がすっきりする事もある」

それならきっぱり諦めもつくだろう、と小次郎は言った。
確かにそうかも知れない。
美しい想い出になんてなってしまったら、生涯それに縛られて苦しんでしまう。
私を嫌な女だと思えば…性悪の女狐だとでも思って貰えれば、貴方は楽になれるのだろうか。
ならばそれで良い。
だって私は貴方が大好きだから。
自分を良く見せようなんて計算する暇も無いくらい、大好きだから。
ただ貴方が幸せで、この先も大切な主君と仲間と上手くやっていけたらそれで良い。

「まあ、君だけが悪く言われたら不公平な気もするけどな」
「それは構いません。私は、実際に慶次様を利用したようなものなのですから」
「…そう自分を責めるな。周りが見えなくなった慶次も悪いんだから。あいつがもう少し上手く立ち回れてば…」
「いいえ、それは同じ責任です」

周りが見えなくなったのは私も同じ。
何もかも…未来さえも見えなくなる程に貴方を愛してしまった。
いずれ国に帰らなければならない身だと解って居て、こうも貴方を想ってしまったのだから。
罪の重さはきっと同じな筈。
ただ、私はそれを貴方と分け合いたくは無い。

私だけで良いのです。
貴方にはやるべき事がある。この国での未来がある。
だから…

「――!!」

だから、このまま離れてしまえば良かったのに。

「慶次、様…?」

どうして、私なんかを追って来てしまうの?

「もう良いんだ、俺はお前と生きて行くからよ!」

駄目、それは絶対に駄目。
貴方の未来を潰してしまう。

「お前も同じ気持ちだろ?」
「慶次様、私は……」

『いっそ手酷く振られた方がすっきりする』
小次郎の言葉が脳裏を過る。

「私は…」

誰よりも貴方を愛して居ました。
いえ、今も、きっとこれからもずっと、愛して居ます。
だからこそ、この言葉を伝えなければなりません。

「私は、貴方とは行けません」
?」

私の口からさようならと告げれば、貴方は楽になれる。
大好きだから、貴方が大切だから、此処で御別れをしなければ。

「今迄貴方と共に居たのは…」

全て計算だったのだと、自分の為に貴方を利用したのだと、辛い言葉を紡いで行く。
私の一言一言に、貴方の表情は悲しく歪んで。
本当はこんな事言いたくない、傷付けたくなんて無い。
でも今終わらせなければ、貴方をもっと苦しめてしまう事になるから。
震えそうな掌をぎゅっと握り締めて、本当の気持ちを閉じ込めた。

「……嘘、だろ?なあ、」
「今迄、有難う御座いました」

精一杯笑って、貴方の為に嘘を吐きます。
だからどうか、誤解して下さい。
私は貴方を、国の為に利用した汚い女なのだと思って下さい。
そうすれば貴方は私の事など忘れて、別の誰かと幸せになれるでしょう?

「どうして…」

貴方の瞳から一雫の涙が落ちた。

「さようなら」

私は溢れそうな涙を堪えて微笑を浮かべる。
悲しみを抑えた笑顔は少し歪んでしまったかも知れないけれど、きっとそれで丁度良い。
貴方の記憶の中では、綺麗じゃない方が良いから。

「なあ、、なんでだよ…?」

本当は綺麗な私を覚えて居て欲しい。
貴方の中で誰よりも美人で居たい。
良い女だと思って居て欲しい、けれど。
それはどうしても出来ない。

「慶次、しつこいぞ。お前は振られたんだ、潔く諦めろ」

私達の間に小次郎が割って入る。
良かった、これ以上貴方と向き合って居るのは耐えられそうに無かった。
小次郎の背中に隠れて素早く目を擦り、すぐに何でも無い風を装う。
これで良い。
私が嫌われたくないとか悪く思われたくないとか、そんな事を願ってはいけない。
貴方の負担を軽くする為なら何でもしよう。
今の私に赦された行動はそれくらいしかない。これが最後の、貴方へ贈る事の出来る愛の形。

「はは、そうか…勝手に勘違いしちまったみたい、だな…」

大丈夫、貴方はとても強い人だから。
今日涙に暮れても、きっと明日からまた歩き出せると信じて居ます。
どうか私を早く忘れて…思い出すなら、嫌な女としてだけにして下さい。

「…さようなら」

もう一度呟いて、馬に跨る背中を見詰めた。
ゆっくり、ゆっくり遠ざかって行くその姿。

「慶次、様……」

ああ、もう二度と見られない姿をしっかり目に焼き付けておきたいのに。
霞む視界は何もかもぼやけさせて見えなくしてしまう。

「私は、本当は……」

貴方の事を、誰より愛して居ました。
それは決して届かない、届られない想い。

「……っ」

立って居る事も辛くて、その場にしゃがみ込んだ。
さっきまで堪えて居た涙が止め処無く溢れて呼吸を乱す。

「慶次様…っ、」

貴方を傷付けてごめんなさい。
共に生きて行けなくてごめんなさい。

「…君は、良くやった」

小次郎がぽんぽんと肩を叩いてくれる。
その何気ない動作さえも、微かな温もりさえも、貴方のもので無い事が悲しくて。

「私は、慶次様の事が…本当に、本当に好き、なのです……」

気遣ってくれる小次郎に何も言えなくて、ただ貴方の事だけで胸がいっぱいで。

「…行こう。これ以上此処に居ても、辛いだけだ」

腕を引かれどうにか歩き出しても、心は置き去りの儘。

ねえ、何時か私を迎えに来てくれますか?
あんなに傷付けてこんな事を望むのは無理があると云うものだけれど…
それが夢でも幻でも構わないから、私を迎えに来てくれますか?

「貴方だけを…愛して居ます……」

この想いは、きっと死ぬまで捨てられないから。
そしてきっとこの想いは、死後の世界でしか、貴方に伝える事は出来ない。



















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