切ない片思い?


まさか。
これが、恋だと云うのでしょうか?

「兼続様」
「あ、は、はいっ!」

貴女に名前を呼ばれるだけで緊張してしまうのです。

この直江兼続、それなりに長く生きて来て、人生初めての恋をしてしまったのでしょうか?
決して手の届かぬ高嶺の花、美しく嫋かな姫に。

「すみません、御邪魔でしたでしょうか」
「いえ、いいえ!姫が邪魔など、何があってもそんな事は決してありません!」

私はただ姫の案内役、世話役として任命されただけ。
こんな田舎者が姫君に恋をするなど、身の程知らずにも程があると云うもの。
それでも、その声で呼ばれる度鼓動が跳ね上がるのです。
その笑顔で見詰められる度息も止まりそうになるのです。

「そうですか…?でも、大した用事ではありませんし、御忙しいのでしたら」
「全く忙しくなど!暇で死にそうだった所です!」

目を通して居た書簡を文机の下に押し隠し、さあどうぞと室に招き入れる。

「それで、どうなさったのですか?」
「はい、あの……」

向き合って座ると、姫は少し切り出しにくそうにもじもじと指先を合わせた。
こういう可愛らしい仕草の一つ一つが、私に嘗て無かった感情を呼び起こす。

「兼続様は、慶次様から…その、御洒落を学んでおられるのですよね?」
「え?あ、はい。そうですが」
「慶次様とは長い御付き合いなのですか?」
「そうですね…もう随分長くなります。慶次殿が謙信様に仕える少し前からの知り合いですから」
「やはり信頼関係がおありなのでしょうね」
「はあ、それはまあ……」

何の話をしたいのか解らない。
突然慶次殿の話など、どうしたと云うのだろう。

「あの、御邪魔しました。それだけです、失礼します」
「え?あ、姫…」

何か考える様な顔をしながら出て行ってしまう。
其処で、気付いた。

「…もしかして」

もしかして、凄く考えたく無いけれど、もしかして!
姫は慶次殿の事が好きなのでしょうか!?

「な、なんて事だ……」

いや、初めから期待など出来ないと解って居ました、よく解って居ました。
私には許嫁も居るし、姫は一国の姫君であるし。
それでも…辛い現実を目の当たりにしてしまうと、動揺は隠せません。

「風…外の風でも浴びて来よう…」

ふらふらと立ち上がり、庭への廊下を進む。
と、偶然にも。

「……だな」
「そりゃあ、……」

通り過ぎようとした一室の前、耳が聞き慣れた声を拾った。

「………」

宇佐美殿と慶次殿の会話。
勿論この兼続、普段ならば立ち聞きなど致しません!
併し今は、話題に上った人なだけに、どうしても気になってしまったのです。
聞き耳を立てたその内容は。

「そんなに姫に現を抜かしているのか」
「ああ、あんな別嬪さんじゃ夢中になるさ」

慶次殿も、姫を憎からず想っている…
つまりこれは、両想いではないですか!

「私に勝ち目など…」

その日はもう外の空気を吸う気も失せて、室に戻りしくしくと泣き続けました。



翌日、気持ちを切り替えて姫の世話役を務めようと必死に涙を堪え歩いていると。

「慶次様!」
「おう姫」

朝一番、最悪の光景です。
仲良く並ぶ二人の姿など、傷心の私には耐えられません。

「あ、あの、私慶次様に御話が…」
「そりゃ丁度良い。俺も姫に話があってな」
「あ、では、先にどうぞ」
「いや、俺は後で良いぜ」
「ですが、その…」

ああああ恥じらう姫の何と可愛らしい事か!
その気持ちの向かう先が私で無い事の、何と悔しい事か!

もう見ていられません、私は自室へと逃げるように走って戻りました。
愛染明王に縋るのです、どうか私の愛を昇して下さいと、もう神仏に縋るしか手がありません!



逃げ去った兼続に気付かず話す二人、その実態は。

「で、では先に言わせて頂きますね。どうか…、どうか兼続様に御洒落を勧めるのをやめて頂けませんか?」
「あー、確かにまだ着こなせてねぇから見ててしんどいか」
「いえ、毎回小次郎に駄目出しされて泣いていらっしゃるのがお可哀想で辛いのです…。それで、慶次様の御話とは」

付き合いの長い慶次の言う事ならば大丈夫だろうと、は兼続の事を相談し。

「そうそう、忘れるとこだった。その兼続の話だよ、あいつ姫が好きみたいだぜ」
「えっ!?そ、そんな…」
「そりゃあこんなに別嬪さんじゃ夢中にもなるよなあ、って宇佐美とも話してたんだけどよ」
「兼続様が、私の事を……」
「あいつも奥手だから協力してやるかと思ったんだが、その様子じゃ上手く行きそうだな。良かった良かった」

慶次から兼続の気持ちを聞き、頬を染めて居たのだった。

何も知らずに居るのは、話題の主役、その人だけ。


「ああああ愛染明王様、姫の幸せの為なら私は身を引くべきですか、この想いはどうすべきですかああああああ!!!!」





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