純情に勝る上策無し
「え!?三成殿、それ本当!?」
「しっ!…ああ、どうも今迄とは違うようだ」
「へえ…あの信長様が…何だか面白くなりそうだね。一緒に調べようよ」
信長配下の二人、三成と秀秋。
仲が良さそうで一線を引いているようだ、と言われて居た彼等は、この日強い絆で同盟を組んだ。
「名付けて『信長様の実態を探り隊!』どう?」
「もしばれたら後が怖いな…」
「そんなのばれなきゃ良い事でしょ、上手くやろうね」
事の発端は、今朝の信長の言動による。
これまで数多の女と一晩を過ごし、翌朝には追い出していた信長。
その彼が、今回はどうも様子がおかしいのだ。
「まあ、俺も確かに気になる。あの信長様が、他の男と話すななどと怒るとは…」
「凄い事だよね。そう言えば、第一印象から特別だったんだっけ?」
「ああ。俺が怪しいと云うのに、気に入って拾った女子だから自分のものだと言い張られて」
「これは…ただの火遊びじゃ終わらない、かな?」
「それならそれで良いから、良い加減落ち着いて頂きたい。天下人になられるならやはり身を固めて頂かなくては」
「じゃ、信長様とさんの愛を育むって感じで頑張ろう!」
こうして二人の悪戯(一人は割と真剣である)が始まった。
これまでの信長と言えば、一夜の遊びしかしない人と云うのが家臣の認識だった。
それは戯れの恋などと云う生温いものではなく、本当に一度切りの火遊びで終わる。
一人の女子に入れ込む事も執着する事も、一度たりとも無かった。
「、!」
「はい、信長様」
それがこうして、四六時中彼女を呼び付けては側に置くと云う事態なのだから、周囲の者は皆戸惑って当然だろう。
同時に興味を持つのも当然の事で、聞き込み調査は楽に運んだ。
各自の執務も放り出して調査に専念する秀秋と三成は、人目を忍んで報告をし合う。
「三成殿、さんは今夜も話し相手をしろって命じられたらしいよ」
「昨夜も夜明けまで共に過ごしたと云うのに、凄まじい体力だな。あの娘は大丈夫なのか?」
「それが、信長様が昼に膝枕を貸して寝かせたんだってさ。驚きの展開だよね!」
「信長様が膝枕…!?い、一体何事だ、今夜は雨か吹か」
「信じられないよね。さんって見た感じか弱い娘さんなのに、実は凄い策士なのかな」
「計算で信長様を翻弄していると?そんな事が出来る人間が居るとは思えんが」
直情的に見えて、頭も切れる信長だ。
人を見る目は間違いが無いその人を騙し遂せる女子が居るとは思えない。
「そうであろうな」
不意に、二人の背後から飛んだ声。
「え、」
「な、」
硬直する二人にゆっくりと歩み寄る足音。
「何をこそこそ話して居るのだ?三成、坊っちゃん」
嫌な予感をひしひしと感じながら振り向けば。
「の、信長、様…」
「その、あの、これは決して下世話な興味などでは無く、」
「そうか。お前達は出来る部下だからな、安心しろ。死ぬより辛いかも知れんが殺しはせん」
その日、凄まじい悲鳴が中庭から聞こえたそうだ。
「…全く、勝手に我の事をあれこれと探りおって」
どすどすと廊下を進む信長に、皆怯えたように道を譲る。
機嫌の悪い信長に関わるなど自殺行為と知っているからだ。
その引いて行く人波の中、変わらぬ態度の一人を除いては。
「あ、信長様…」
「。付いて来い」
「ええっ?」
強引に手を引き室に連れ込む。
その困惑し切った顔を見て居ると、信長の苛立ちは鎮まって行く。
「これが策、など。彼奴等まだまだ見る目が無いな」
「え?何の事ですか?」
「此方の話だ」
胡坐を組んで座り、傍らにを座らせる。
「夜は囲碁をするとして、それまで暇だ。何か話せ」
「何かと言われましても…」
信長の強引さに戸惑ってばかりの。
これが本当に計算尽くの態度だとすれば、どんな国も滅ぼせる悪女になる事だろう。
「お前は恐ろしい女だな」
「えっ?な、何故でしょう?」
「いっそ策士の方が質が良いと云うものだ」
「策士……?」
「恐ろしい女だが、其処がまた面白い」
訳が解らない、と首を傾げるを見て、信長は一人満足気に笑った。
(我を此処まで夢中にさせておいて、それが演技では無く素なのだから怖い女子だ。
純情に勝る上策無し、と言ったところか。手強いが、それでこそ我に相応しい。
天下を取った後には必ず…、お前を手に入れてみせよう)
「…三成殿、久し振り。僕謹慎食らってたよ」
「俺は良い女とは何か覚えて来いと強制的にあちこちの宴会に出向く事に…」
「暫く見ない内に、信長様とさん益々良い雰囲気になってるよね。もう放っといてもくっつきそう」
「結局俺達は無駄な苦労をしただけだったな…」
了
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