軍神の純愛


そんなに手慣れた方じゃ無いんだけどね。
勝負運だけはあると思ってるんだ。
これは人生最大の賭けだよ?
勝利を掴む為なら、最大の敵にだって至上の笑顔で固めるさ。

「謙信様…もうすぐお時間ですね。上手く行くでしょうか…」
「大丈夫だよ、

私がと婚姻を結ぶ事、真田が御柳家に養子に入った事で、越後と甲斐は同盟を組む事になった。
長年睨み合って来たその大将と今日は御柳邸で同盟締結の対談、その後臣下を交えての会談を行う。
他にも婚姻や養子についてのあれこれや、噂を聞き付けてあちこちから来ている新しい同盟やら交易の事…
一国の城主と云うのは、何かしようとするとあまりにも沢山のものが動くからややこしい。
愛する人と一緒になろうとするだけで、山の様な手続きや挨拶をこなさなければならないなんて。

「ですが、昨日まで争って居た方との対談ですから…」

心配してくれる。本当に可愛いね。
今の私にはそんな事些細でしか無いから平気だよ。
自分でもこんなに熱い男だなんて思って無かったけど、人って不思議なものだね。
君を日ノ本一幸せなお嫁さんにする為の苦労なんて、苦労だとも思わない。
こんなに楽しい仕事が苦労なら、積極的に貰いたい程。

「武田とは長い付き合いだから、話の進め方は解ってる。万事上手く運ぶよ」
「…謙信様は、それで宜しいのですか?」
「ん?どういう意味?」
「戦が無くなるのは嬉しい事ですが、私の所為で御無理をなさらなければと…」

困ったような顔をする。何だろう?
束の間考えて、言いたい事が解った。

。もうそんな心配は要らないよ」

きっとあれの事だ、私が以前呟いた下らない弱音。
戦う事しか意味が無い、そうでなければ必要とされない存在だと、彼女に零した事がある。
それが生き甲斐なら、自分の所為で奪ってしまうんじゃないかって、心配してくれたんだね。

「私には君が居る。それ以上に望むものなんて何も無い」
「謙信様…」
「君が側に居て、私を愛してくれて、私に愛させてくれて。これからもこうして一緒に過ごす日々を守る、それが私の生き甲斐だ」

だから安心して。
小さな手を握って言うと、彼女はやっと微笑んでくれた。

「謙信様の御言葉は、何時でも私を安心させて下さいますね」
「そう?思った通りに伝えてるだけだよ」
「きっと、謙信様がとても優しい御方だからなのでしょう。初めてお会いした時から、壁を作らない御方でした」
「最初は警戒されたけどね」
「そ、それは…御酒の匂いがしたから、酔っていらっしゃるのかと思って…」
「うんうん、解ってるよ。突然見知らぬ男に声を掛けられたら、驚くのは当然だし」

というか、彼女の警戒は強ち間違いじゃ無い。
私は確かにかなり酒を煽ってから声を掛けたから。
何故かって?
そんなの決まってる、彼女の美しさに戸惑ったからだよ。
女神の様に清純な姿を前にして、平常通り声を掛けるなんて出来る訳が無い。

「けれど、あの時は知らぬ事とは言え本当に失礼な態度を取ってしまいました…」
「良いじゃない、あの出会いがあって今があるんだから」
「でも、もう少し可愛らしい出会い方をしたかったです…」

その全てが何よりも可愛いのに、恐ろしい事を言うね。
それ以上可愛くなんてなられたら、私は落ち着いて執務も出来無くなるよ。
私の目の届かぬ所で変な男共に絡まれてないか心配で。
今でも心配で堪らないんだから。

「あんな出会い方でしたのに、謙信様は常に私に優しくして下さいましたね。本当に、優しい御方です」
「んん…そう、かな」

私はそんなに聖人君子な訳じゃないよ。
物腰柔らかに宜しくねなんて言ってみせるのは勿論計算さ。
だけどどうか汚いなんて思わないで、君だけはどうしても欲しかったから。

「そうですよ」
「優しいのは多分、にだけだよ?」

出来るだけ嘘や隠し事はしたくないから、これで白状した事にさせて。

「そんな事ありません。臣下の皆さんにも、小次郎にも優しいではありませんか」
「んー……」

誤解、は仕方ないよね。
私はちゃんと言った、つもりだし。
ちょっと卑怯かも知れないけど赦してよ。
だって君は初恋なんだ。
今迄一度も女人に心を動かされなかったこの私が、一目で心を奪われた。
ああこう言うと外見だけに執着してるみたいで失礼だね。
勿論容姿も月花に勝る美しさだけど、君のその美しさは内面から来てる。
側に居るだけで気持ちが安らぐ…安心させてくれるのは君の方だよ。
こんな気持ちは初めてだから、君だけだから、どうしてもどうしても私のお嫁さんになって欲しかったんだ。
恋愛なんて全く未経験だった私が頑張って駆け引きしたんだよ?

「謙信様?」
「何でも無いよ、まあ、良しとしておこうか」
「え?それはどういう……」
「おい長尾、何してる」

無粋な声に振り向くと、其処には武田。と、

ちゃん!」

私に挨拶も無しで、私のに挨拶か。良い度胸だな、真田。

「信玄様、幸村…もう対談の御時間ですか?」
「そうですよ、私は後の会談まで予定がありませんから、久し振りにゆっくり話しましょう」

そうはいかないよ。
表面に出そうになった不快感は、一瞬で胸の内へ。
の視線が届く所では、私は大人でありたいからね。余裕の態度は崩さない。

「長尾、さっさと話して終わらせるぞ。お前と長話なぞしたくないからな」
「……ねえ、晴信くん。良い事思いついたんだけど」

越後と甲斐の同盟。甲斐の腹心が養子に入った御柳。
うん、不自然じゃない。

「折角だから、真田も入れて話さない?」
「なっ、」

すぐに真田が異論あり、と声を上げた。勿論無視だ。

「ほら、私も忙しいし。御柳の事は私のの事もあって無関係では無いし、一度に片付けた方が早くない?」
「それもそうだな」
「お、御館様!盟主は御柳殿ですから私は…」
「後々はその立場を継ぐんだ、同じ事だろう」

武田は面倒臭がりだから、これで完璧。
明らかに不服そうな真田が騒いで居ても、大将の了承さえ取れればこちらのもの。

「じゃ、決まりだね。鼎談といこうか、真田」
「……………」

そう睨まないでくれるかな。
私だってわざわざ君なんかと喋りたい訳じゃ無い。

「それじゃあ、また後でね。しっかり話し合ってくるから」
「はい、頑張って下さい、謙信様」

でも、こんな可愛い笑顔をくれる彼女には見られたくない所もあるから。


三人で室に入った途端、武田が呟く。

「…長尾、お前、さっきまでと随分顔つきが違うな」
「そう?何時も通りだよ」
「あの姫の前じゃ蕩けそうな顔だったぞ」
「まあ、自分の妻の前じゃ誰でもそうじゃない?特に私の妻は可愛らしいからね」

真田の眉間に皺が寄る。
逆に私の顔には笑みが深まる。
きっと武田が言うように、の前とじゃ随分違う笑みの筈。
真田にはきちんと思い知らせてやりたいけど、には見せられない。

「ふん、越後の龍だの何だの言われるお前も、妻の前ではただの男か」
「そういうものだよ。晴信くんも早く結婚出来ると良いね」
「余計な御世話だ!」
「あ、それから。真田も頑張ってね」
「………!」

血が出そうな程唇を噛み締める真田。うん、見物だね。
が幾ら大切な幼馴染と思って居たって、私はを狙うような男と仲良くは出来ないよ。
毘沙門天の化身とか言われて勝手に格好良い人物像が出来ちゃってるけど、武田の言う通り私はただの男だし、その上結構貪欲なんだ。
特に、君の関わる事なら何でも気になって仕方がない。

「まあ二人とも、私のより素敵な御嫁さんを見付けるのは大変だろうけどね?」

似非笑いで固めた強気な発言の破壊力は抜群。
悔しさのあまり崩れ落ちる真田、上出来の笑顔で助け起こす私。
こんな姿を見たら、はどう思うかな?
驚いても呆れても良いけど、どうか嫌いにはならないでね。

「長尾…、前から思っていたが、お前、中々の腹黒だな」
「嫌だなあ、そんな事無いって」

人生初にして最大の賭け、私はそれに勝ってを手に入れた。
この厄介な恋敵も捩じ伏せて掴んだ必死の恋だから、腹黒なんて言わないでよ。
経験が無いなりに頑張ったんだから、これは懸命な情熱だって言って欲しいな。

「私はただが大好きで、一生一度の恋に直向きに生きてるだけだよ?」

軍神と言われた男の純情な恋物語、後世に伝わるならそれが良いね。
















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