君と生きる場所
政宗さんの強引な想い遣りのお陰で、俺の様な男も遂に明日は祝言を挙げられる事になった。
つい最近までは住む場所も無く放浪して居た身分だと云うのに。
こんな俺が一国の姫であったと祝言…と思うと、色々な事が思い返されて中々眠れない。
早く寝なければと寝返りを打つと、隣から小さな声がした。
「小次郎、眠れないのですか?」
「ああ…もか?」
「はい。明日が祝言だと思うと、緊張してしまって…」
「じゃあ少し、話でもするか」
無理に寝ようとしても眠れない。
も同じなら、少し喋った方が落ち着けるだろう。
「私…祝言を挙げられる日が来るなんて、思って居ませんでした」
「すまないな。俺が気付かなかったから…」
「いえ、そうではありません。小次郎の妻になれると云う事自体が、きっと不可能だと思って居たのです」
「…そうだな……」
俺もそう思って居た。
を護衛相手としてではなく、それ以上の気持ちで想うようになった頃からずっと。
何も失いたくないから浪人で居た筈なのに、浪人であるが故君を失うのかと悩みもした。
君が姫でなくなったからといって俺に落ち着く場所がある訳でも無い。
こんな事じゃ大切なものなんて守れない…と途方に暮れかけたけれど。
「きっと、君が頑張ってくれたからだ」
「え?私は何も…」
「国が危ないかも知れないと聞いても最後まで諦めずに、気丈に振舞って居ただろう?」
御姫様があれだけ頑張ったんだ。
希望を捨てずに、俺を信じて弱音も吐かずに長旅を乗り切った。
その姿を見て居ると、俺が狼狽て居る場合では無いと思い知らされて。
「が強い心で頑張ってくれたから、俺も諦めずに此処まで来れたんだ」
俺の居場所をくれた君。
その君の居場所を作る為なら、何でもしようと思えた。
もう駄目かも知れない、無理かも知れないと云う苦しい状況でも君は笑ってくれたから。
俺が諦めるなんてしちゃいけないと、前に進む事が出来た。
何時までも二人で一緒に居られる場所、それが生きる場所になると解った。
「わ、私こそ…小次郎が支えてくれなかったら、今頃どうなって居たか解りません」
「護衛としては、あまり役に立てなかった気もするが」
「半蔵様に攫われたのは、私が西軍に行きたいと言いだしたからですし…それに、護衛以外での感謝の方が大きいです」
「護衛以外、か?」
「小次郎が側に居てくれたから、頑張れたのです。小次郎の事が…好き、だったから…」
は夜目にも解る程頬を染めて俯いた。
つられて俺の頬も熱くなってしまう。
照れ臭さから、つい「そうか」と味気ない返事をしそうになったけれど。
「…それなら、お互い様だな。俺も…君が好きだから、頑張れた」
明日には正式な夫婦になると云うのに、上手く愛情も伝えられない儘ではいけない。
口に出すのはやはり恥ずかしいが、君から素直さがどれだけ大事か習ったから。
素直に俺を信じてくれて、素直な感情を俺に向けてくれたから今の幸せがある。
「小次郎……」
「に出会うまでは、俺には何も無かったんだ。これほど頑張ろうと思う事なんて、何も」
居場所も主も大切な人も、安らぎもなければ不安も無かった。
それが一番自由な生き方だと思って居た。
今思うと勇気が無かっただけなんだろう。
大切なもの、居場所に向き合うだけの勇気が無かった。
難しい事を考えずに思った通りやってみれば夢には届くのに。
それに気付かせてくれたのは、君だ。
「もしあの時君の国が無事だったら…城から無理矢理連れ去ってでも離さなかったかもな」
「そんな事まで考えてくれていたのですか?」
は驚いた顔をする。
それから、何時ものように笑って。
「そんなに想ってくれて居たなんて…嬉しいです……」
本当に嬉しそうに言ってくれるから、俺の照れ臭さはもう限界になってしまった。
「…そ、そうか」
結局味気ない返事しか出来無くなってしまう。
俺が照れて居ると解ったのか、はそうですよ、と頷いてくすくす笑った。
「それよりそろそろ寝るぞ。寝坊でもしたら大変だからな」
布団を被って背を向ける。
本当はもっと素直に感情を言葉にしようと思って居たのに、照れると何も言えなくなる所はまだまだ治らないらしい。
「そうですね、少し眠くなってきました。…おやすみなさい、小次郎」
「ああ、おやすみ」
伝えようとしていた思いは、今は恥ずかし過ぎて言えないけれど。
明日、祝言の場では誓うから少しだけ待って欲しい。
俺はずっとを笑顔で居させる、この命が果てるまで守り抜くから。
どうかこれからも君の愛を俺だけに向けて居てくれ。
了
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