お揃い


※姫が崩壊しています。


佐助は忍、私は姫。
出会った頃はその身分の差故に問題も多くあって、互いに自由な身であればどんなに良いかと思いもしたけれど。
自由な身になって万事上手く行ったかと云うと…一つだけ、困った事がある。

「ちょいとあんた、さっさと来ておくれよ!おまんまが冷めちまうよ!」

…ああ、またうっかり。

「悪ぃ悪ぃ、今行く!しっかしも、今じゃすっかり百姓って感じだなあ」
「…………」

御百姓さんが嫌な訳では無いし、実際農民として生きて居る私達には都合が良い事なのかも知れない。
それでも、佐助にくすくす笑われると、何だか恥ずかしくて。

「わ、私は、別に変わっていません」
「無理すんなよ。あの姫さんが村娘みたいに喋ってるのは面白いぜ」
「面白いってなんだい、……なんですか、失礼ですよもう」
「っははは!だから無理すんなって」

私だって恋する女。
最近、以前のように「可愛い」と全く言ってくれないのは密かに気にして、困っている。
あの頃は一緒になれる事だけが望みだったけれど、今では何時までも可愛らしい妻で居る事が望み。
それが何故か…野山暮らしに慣れようと頑張っているうち、口調までも変わってしまうなんて。
佐助は私の「しとやかなところ」が好きになったと言っていたのに、これじゃ嫌われてしまうかも知れない。

「おい、?拗ねたのか?」
「べ、別に拗ねちゃいないよ!」

ああ、また。
ついうっかり、村言葉が口をついて出てしまう。
そしてまた、くすくすと小さく笑われる。

「……そんなに笑わなくても、良いでは、ないですか」
「すまんすまん、悪かったって。もう笑わねえからこっち向けよ」

でもまだ声が笑って居る。
悔しいから振り向かずに居ると、しょうがねぇなあ、と佐助が移動した。
また顔を背けても、私が背ける先にひょこんと顔を出す。
何度かそんな追いかけっこをして、私も笑ってしまった。

「もう、あんたはすばしっこいねえ」
「一応元忍だからな、の動きくらい読めるぜ」
「元忍……あたしも、一応元姫なんだけどねえ…、はあ……」

佐助はこうして元忍らしい所が残っているのに、私は今じゃ面影も無い気がする。

「なんだよ、元姫だからって素早く動ける訳じゃないだろ」
「そういう意味じゃないよ!あんたって人は昔ッから鈍いんだから!」
「え、じゃあどういう意味?」
「ほんとに鈍いねえ…あたしは色々悩んでるんだよ」
「ええっ!?」

溜息を零すと、佐助は目を見開く。
私には悩みも無い様に見えるのだろうか。
余計に落ち込み掛けたところで、佐助の掌にがっしりと肩を掴まれた。

「おい、悩みがあるなら俺に言えよ!なんだよ、雨漏りするとか?隙間風が入るとか?」
「ああ、確かに最近隅っこ辺りが雨漏りして…じゃなくて!」
「そうか、早速明日修理しねえとな」
「だからそれじゃなくて!」

雨漏りも確かに気掛かりだけれど、私の悩みはそんなに所帯じみたものしか無い訳じゃない。

「え…じゃあ、何だよ?」
「もう、全然わかっちゃいないんだから…。いいかい、あたしは御姫様だったんだよ」
「知ってるけど」
「だから!佐助はそんなあたしが好きになったんだろう?」

言っている内に虚しくなってきた。
もう良い、とまた顔を背けたところで、漸く納得したような声が上がった。

「ああ、成程…そうか。なんだお前、そんな事気にしてたのか?」
「そんな事って…」

そしてまた、ひょこんと私の前に顔を出して。

「姫さんから村娘になったから、俺が嫌うとか思った?」

私が逃げられないように、頬を両手で挟む。
視線は動かせるけれど、間近に佐助の顔があるからどうしても逸らし切れない。

「だ、だって…最近、可愛いなんて全然言ってくれなくなって……」
「馬鹿だなあ」

くすくす。
今度の笑いは、少し優し気。

「俺は、が好きになったんだぜ?姫さんの、とか村娘の、とかじゃなくて、ただのが好きなんだよ」
「でも、」
「じゃあは俺が忍じゃなくなったから嫌か?かっこよく任務とか行かないで、畑耕してるから嫌いになったか?」
「そんな訳ないじゃないか!」
「だろ?おんなじ、だぜ」

頬を挟んでいた掌が動いて、優しく頭を撫でてくれる。
ああ、こんな所は昔と変わってない。

「俺は欲張りだから。どんなも俺のだと思ってんだよ。そうだなあ、たとえば海賊のとかでも俺の
「海賊!?」
「例え例え。でも、ほんとにそうなっても好きだぜ?あと、最近可愛いって言わなくなったのは…その…」

笑っていた顔が、急にほんのり赤くなる。
可愛いと言えない理由は照れるような事なのだろうか。

「なんで言ってくれないんだい?」
「だ、だから、そりゃあほら、その…今は違うんだよ」
「…やっぱり可愛くなくなったから…」
「違う違う!そうじゃなくて、可愛いってよりは、最近なんだか……色気、が出ててよ…」

私はきっと、物凄く間抜けな顔をしたに違いない。
それほど、予想だにしなかった言葉に面食らった。

「い、い、色、色気……?」
「うるせえ!何度も言うんじゃねえよ!」
「いや、だ、だって佐助、最近のあたしの何処に色気が…」
「あー、だから、その、なんだ。出会った頃のったらまだまだ子供っぽかったんだよ!それが最近じゃ大人っぽくなってきて……って何でこんな事言わなきゃいけねえんだ!」

佐助の顔はもう真っ赤。
私も同じくらい、もしかしたらそれ以上に真っ赤かも知れない。
嫌われていなければ良い、そう思って居ただけなのに、まさかこんな告白を聞けるなんて。
もうさっきまでの悩みはすっかり吹き飛んでしまった。

「…あたしは佐助の、そういう突拍子も無いところが好きだよ」
「な、なんだよ急に!の方が突拍子も無えぞ!」
「じゃあおそろいだよ。欲張りなのも、きっとおそろい」

さっきまでの悩みの代わりに、次は。
もっと色っぽいって言われるように頑張ろう、なんて考えてる。
要するに佐助に褒めて貰えて、愛して貰える、それが全部嬉しいだけ。

が欲張り?ああ、確かに最近味噌けちってるな。味噌汁が薄い」
「そっちじゃないよ!……って、ああ!こんな事してたら味噌汁が焦げついちまったじゃないか!大事な味噌が!明日からもっと薄くしないと!」
「俺が頑張って野菜売るから、水みたいな味噌汁は勘弁してくれ!頼む!」
「ほんとだね?任せたよ?」
「う、うう…頑張る」

情けない顔で食卓につく佐助。
そう、こういう新しい顔を知っていくのも好き。
どんな佐助だって、全部私の大切な佐助。
きっと佐助も、同じだと思いたい。

「…ねえ、こんな風に倹約妻でも、好き?」
「当たり前だろ。なら全部大好きだって…ああもう、何度も言わせるなよ馬鹿野郎!」
「もっと言っとくれよ」
「……っ好き、だよ、の全部が大好きだっ!」

真っ赤な顔で薄い味噌汁を飲み干してくれる佐助、それを笑う私、何処からどう見ても忍と御姫様なんかじゃない。
でも、お互いがお互いを全部好きなら何の問題も無い。
私の一つだけの困りごとは、話してみたらおそろいの我儘だった。
どんなに月日が流れても立場が変わっても…ずっとおそろいでお似合いの夫婦でいようね、おまえさん!





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