想い出


「……ん」
「幸村、おはようございます」

微睡から醒めると、愛しいの笑顔。
室内には朝の光が差し込んで居た。

ちゃん…」

隣で笑う彼女を見ると、夫婦になったのだと云う実感が強く込み上げた。
国や身分や戦況や…色んな事を思い悩んで、悲しんだり悲しませてしまいながらも此処まで辿り着けた。
幸せな今にして思うと、あの頃の悩みさえ愛しい程。

「どうしたのですか、ぼうっとして」
「あ、いえ…貴女が私の妻なのだと実感したら、嬉しくて…」

思った儘を伝えれば、はほんのりと頬を染める。
自分の言った事で喜んでくれるなんて、昔は考えられなかった。
そう、昔はとてもお転婆な御姫様だったから。
幼い頃を思い出しくすりと笑うと、小さく首を傾げられる。

「幸村?」
「すみません、昔の事を思い出して」
「昔…?」
ちゃんと出会って暫くした頃ですよ。あの頃のちゃんは、男の私より凛々しい人でしたね」



歳の近い二人の遊びは、何時も鬼ごっこやかくれんぼの走り回るもの。
活発な姫であったはどれも強く、鬼ごっこなどは下手をすると。

「あっ、……うう、ぐすっ…」
「なあに、幸村、ころんだの?」
「いたい、よう…」
「ないちゃだめ!りっぱなぶしはなかないの!」
「ふええ……」
「それよりつかまえた!つぎ、幸村がおにね!」
「ええ、ちゃん、まってよう…」

転んでは泣き、泣いて怒られ、また泣き。
とても巷で好まれる恋物語にあるような可愛らしい記憶では無いけれど、のそんな快活な所に惹かれた。



「そ、そんな事…あったでしょうか…」
「ありましたよ。他にもちゃんには、何時も情けないと怒られて居たような」
「ご、ごめんなさい幸村…その、悪気は無かったのだと思います」
「解って居ますよ。寧ろ、私はちゃんのその明るさに救われて幸せな時を過ごせたのだから、感謝して居るくらいです」

自分の居場所は何処にも無いと思って居たあの頃。
飾らず受け入れてくれるの素直さは、後もずっと心の支えになった大切な思い出だ。

「でも…夫である人に昔のお転婆な所を知られているのは、恥ずかしいですね…」

自身が覚えて居ないのが余計に恥ずかしいのか、は決まり悪そうにもじもじと俯く。
それは可愛らしく見られたいと云う女心なのだろうが、そんな事を気にする必要は無いのに。
寧ろの幼い頃を知って居る数少ない人間として、嬉しく思う。

「私はもっと知りたいですよ?私と離れて居た時のちゃんの事も、全部知りたい。他の人が知って居て私が知らないなんて、妬けますから」

自分の事を全て話すのは、まだ躊躇う部分もあるけれど。
これからは隠さずに打ち明けて行くから、の事も教えて欲しい。
互いに秘密など持たずに、信じ合って生きて行きたいから。

「全部、ですか?幸村は欲張りですね」
「当然でしょう。他ならぬちゃんの事ですよ。あまり格好良い言葉は思い付きませんが…」

信じ合う為の第一歩として、慣れないけれど心を伝える練習をしよう。

「この世でちゃんだけが私の大切なものです。どんな人にも事にも譲れない宝ものだから…全てを知って、全てを愛したいんです」

愛情に形は無いから伝えるのが難しい。
でも、変わらない想いを伝え続ければ、目には見えないものでも形を感じられる気がする。

「宝もの、なんて…」
ちゃんより素晴らしいものなんて、この世には何もありません。貴女がお転婆でも淑やかでも、貴女らしい貴女が大好きです」

どんなも、幼い頃と根本は何も変わって居ない。
自分も色々あって変わったけれど…本質は何も変わって居ないだろう。
少なくともを想う気持ちだけは、確実に変わって居ないと言える。

「幸村…逞しくなりましたね」
「な、何ですか急に」
「昔は泣いてばかりだったのに」
「それはもう忘れて下さい!というか覚えて居ないのでしょう?」
「ふふ、冗談ですよ」

は悪戯っぽく笑って、それから優しい笑顔に戻って。

「でも、私も。泣き虫な幸村でも逞しい幸村でも、その幸村らしい優しさが大好きです」
ちゃん…」

思い出は美化されると誰かが言って居たけれど、それは違うと思う。
今目の前で笑ってくれるの美しさは、例えようも無い程のものだから。

「これからも宜しくお願いしますね、旦那様?」
「勿論ですよ、私の奥方様」

思い出も確かに美しいけれど、今の自分は過去に想いを馳せて生きるだけでは無くなった。
愛しい人の手を取って未来へ進んで行ける力を手に入れた。
これから、想い出の中の二人に負けないくらい、素直で明るい関係を築いて行こう。







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