静かな屋敷に、可愛らしい声が聞こえるようになった。
勿論それが誰であるかは調査済みであったけれど、何も知らぬ振りをしての初対面。





泡沫 一





「三成様、」
「……何だ、。朝餉の途中なのだが」
「これは失礼致しました。義父上から言伝てがありましたので…」

慌てて頭を下げる様に見せながら、横から声が掛かるのを待った。

「あ、あの…」

遠慮がちに私と三成様を見比べる視線。
それに合わせ、私も驚いた様に彼女を見詰める。

「三成様、此方の御方は?」

二人分の視線を受け、三成様は苦い顔で箸を置いた。

「…、これは一時此処で預かっているだけの者で雪と云う。それから雪、このは……」


それはそれは歯切れ悪く躊躇った後、ぼそりと一言。

「俺の側室だ」
「えっ、……」

その反応を見れば互いに意識して居る事など明らかで、私は吹き出しそうになるのを堪え微笑を浮かべた。

と申します。三成様の客人は私の客人、お困りの事が御座いますれば何なりとお申し付け下さいませ」
「あ…、ゆ、雪と申します…暫く御世話になります」

明らかに動揺して居る彼女は純朴で、素直に可愛らしい、と思った。








私は三成様の側室である。けれど互いに望んだ縁組では無いし、三成様は私の出自を疑って側に寄せようとはしなかった。
だから雪姫と出会ったこの頃もまだ、嫁いで二年も経つと云うのに、手すら握った事も無い状態であった。

そんな関係で愛情が生まれる筈も無く、私は雪姫の初恋を偽り無く心から応援して居た。
雪姫は若く清楚で可愛らしく、どうにも助力したくなる。
三成様は生真面目でお堅い方ではあるけれど、心根は優しい。異性としてでは無く、友人の様な好意は持って居た。
この二人ならばお似合いの夫婦となるだろう。その思いから、進んで何度も仲介を努めた。

「雪様、お邪魔しても宜しいでしょうか?」
「あっ、局様…」

で構いません。信長様より珍しいお菓子を賜りましたので、御一緒にと思いまして」
「わあ、綺麗ですね…!」

小皿に乗せた金平糖を見て、子供の様に喜ぶ雪姫。
対する小次郎様と言えば、護衛だから気を張って居るのか元から無愛想な質なのか、常と変わらぬ無表情で隣に控えた儘興味を示さない。
少し三成様に似て居る、と自然に笑いが零れた。

「小次郎様も御召し上がり下さいませ」
「……ああ」

熱い茶と共に差し出せば、ぴくりとも表情は変えずとも断りはせずに受け取ってくれる。
そんなところもやはり三成様に似ていた。

「やはり信長様は凄い御方なのですね。私は此処へ来る迄外来品の事など殆ど知りませんでした」
「雪様、確かに信長様は素晴らしい貿易の才をお持ちですが…」

――それを貴女の為にと頂戴していらしたのは、三成様なのですよ。

こっそり耳打ちすると、見る見る内に雪姫の頬は朱に染まる。
状況を理解出来ない小次郎様は、不快そうに眉を顰めた。

「何を話してる」
「あっ、いえ、その…」

恥じらって俯く姫の代わりに、私へと視線が向けられる。

局。西軍の情報を頂けるのは有難いが、俺の主に余計な事を吹き込むのは止めて頂きたい」

「まあ、そんな怖いお顔をなさらないで下さいませ」



雪姫に対してはくだけた口調も、私が相手になると急に他人行儀になる。
それだけ信用の置けない人間なのだろう。
当然なのかも知れない。夫にさえ信用されない存在なのだから。






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初芽局は「春日局」とおんなじで「〜のつぼね」と読んで下さい。