泡沫 二






「小次郎、失礼ですよ!」
「………」

姫のお咎めには、流石の彼も不服そうに口を閉ざす。

「…局を見ているとあいつを思い出すな」

その時ぼそりと零された呟きは聞こえない振りをして、私は涼しい顔で金平糖を口に運んだ。

私があの方と似て居るから思い出すと云うよりは、同じ空気を纏うから思い出してしまうのだろう。
親子兄妹の様に育てば嫌でも似ると云うもの。
一番親しいその人の顔がふと脳裏に浮かび、私の心は重く沈んだ。

「雪、いつまでにやにやしてるんだ」
「なっ、にやにやなんてしていません!」

この可愛らしい姫を応援したい気持ちに偽りは無いのに。
その先に何も無い事を、私は知って居る。
そう、それは私の所為で終わる恋だと。







そうして平穏な日々を過ごすうち、私は無愛想な彼が隠す心情に気が付いた。
小次郎様は雪姫を慕って居る。だから余計に、三成様との恋を推す私が気に入らないのだろう。

「小次郎様、御願い致しますね」
「…三成さんも面倒な仕事をくれる」

それは私が城下町に出向く際、小次郎様を護衛に付けられた時の事。
尤も護衛と云うのは建前で、本当は私の見張りをさせる心算なのだろうけれど。

「局には護衛など要らないと思うのだが」
「私はか弱い女人です。この乱世、何時何があるかは解らないでしょう?」
「…本当に、局は俺の知人に似てらっしゃる」
「ふふ、それは良き御方でしょうか?」
「ある意味では」
「誉め言葉として頂戴致しましょう」
「………」

そんな事を話しながら用事を済ませ、帰りに目に付いた小間物屋。

「あら、これは」

小次郎様のものと良く似た結紐で、女子向けの縮緬仕立てが売っていた。

「一つ下さいな」
「余計な買い物を…」

ぶつくさと文句を言う小次郎様に、買ったばかりのそれを押し付ける。

「小次郎様。差し上げます」
「…俺にこれをどうしろと仰るのか」
「大切に想う女子にでもお贈りになれば宜しいかと。お揃い、ですよ」
「……局の真意は、何処にある」

歩き出した私に、小次郎様は心底疑う声音で問うた。

「三成さんの側室でありながら、何故雪と三成さんの事を咎めない」
「それはお二人が迚もお似合いだからですよ。それに、妹の様に思う雪様には幸せになって頂きたいのです」
「そう思うなら、何故俺にこれを」
「それは…」

何故。考えて居なかった。
否、考えない様にして居たのか。
言葉に詰まった私に、小次郎様は苦い面持ちで包みを仕舞う。

「局の厚意を無下には出来ないが…今後徒な厚意は控えて頂きたい」
「…………」

謝る事も、はぐらかす事も出来ず。
私はただ胸に蟠った想いを抱えて歩みを進めるだけだった。